ときがわ町で出来ること

2010年3月、私はときがわ町へ移住してきました。

 

実はまだ、ときがわ歴は浅いのですが、18年住んでいた故郷よりもよく知っています。

 

当時、地ビールを造ろうと決めてからどこでやろうか考えました。

 

色々な場所へ行きましたが最終的に決めたのはときがわ町。

 

土地がいいという事と水が美味しいというのが決め手でした。

 

他の地域の工業地域の水道から出てくる水とはまるで違いました。

 

工房の水は、山の伏流水です。

 

この素晴らしい水を使って造る飲み物は美味しく、ときがわブルワリーのビールやジュースは自信満々で送り出せます。

気のせいだと言われるかもしれませんが、本当に水の味が違います。

 

味だけでなく、体にもやさしく。この水を飲用していると体の調子がいいのです。

 

 

ときがわ町には看板が少なく、道を走っていても目にうるさくありません。

 

田畑も適度に整備されていて美しく、まさに里山がここにはあります。

 

そして都心へのアクセスがいい点も移り住んだ決め手の一つです。車だと1時間もあれば都内に辿り着きます。

 

何よりときがわ町では、他の土地では出来ないような物造りが出来ます。

 

風がブワーっと吹いて木々がザワザワっと揺れる。

 

これだけの事ですが、季節によって風の香りも違うし音も温度も湿度も違う。感じ方がまるで違います。

 

ここにすごい量の情報が詰まっていて、毎日学ばされています。

 

物造りではアンテナをブラさない為に、自分自身が心地よくあり続けなければいけません。

 

工房からの景色を静かにずっと見ていると、雑音が聞こえないとしみじみ感じます。

 

動物の鳴き声と風の音しか聞こえないのです。

 

もし時間があれば工房に来てみてください。

 

普段我々が本当に色々な音に囲まれて生活しているのだと気付かされます。

 

 

心地よい田舎暮らしがしたい。もしそんな事を思っている人がいたら、ときがわ町をお勧めします。

 

近所の方々は、私が早く馴染めるよう気を遣ってくださいました。

後で知った事ですが、その気を遣ってくださった方はその時、末期癌を患っており余命宣告された時期を過ぎていたとのことです。

 

酔いつぶれるまで一緒にお酒を飲んでくれたり、旅行のお土産をくださったりしました。

今は亡き人ですが、本当に感謝しています。

 

何よりも、ときがわブルワリー設立を応援してくれたのもときがわ町の人達でもあります。

 

 

ときがわブルワリーが営業を始めてから半年が過ぎました。

 

この間、色々な人の手助けがありここまでやってこれたとつくづく感じます。感謝という言葉だけでは言い表せないほどの人もいます。

 

空家バンク制度を始めとして、町の人々が新しい人を迎える準備が整いつつあります。

 

ときがわ町で生き続ける限り、ときがわの恵みの中でやっていきたいと思います。

 

そうする事で、ときがわらしさ。更に言うと、ときがわブルワリーらしさが出てくると思っています。

 

私は出来るだけ、物事を数字で語る事がなくなればと思っています。

 

目標やノルマ。そういう事ではなく、常に今を見つめる。その繰り返しこそがもの造りの基本だと思っています。

 

売るために造るのではなく、自分で欲しいものを造る。

 

しかも出来るだけ地場のもので。

 

トラディショナルなものってほとんどが美しいです。

 

それがときがわ町にも残っていると感じています。

 

 

 

始まりはいつも今です。